なぜ広島のお酒は有名なのか?|酒どころ西条が生まれた理由をわかりやすく図解

日本三大酒どころの一つになっている広島県東広島市の「西条」。
実は、もともとは酒造りには不利だったんです。
今では、やわらかくまろやかな日本酒が多くの人に愛される酒の都となりました。
西条は、どんな不利をどんな知恵と技術で乗り越えてきたのか。
その理由と背景を図でわかりやすく解説します。
西条酒造りの特徴を示したインフォグラフィック|西条層と軟水が生む日本酒
目次

西条が酒どころになるまで

内陸にある盆地

内陸にある盆地
西条は、内陸にある盆地。冬は寒く、昼夜の寒暖差があることから、酒造りに適していた。
さらに、周囲に米どころがあり、宿場町だったため、原料米が入手しやすかった。

軟水寄りの水では、酒造りが難しかった

軟水寄りの水では、酒造りが難しかった
しかし、西条の水は軟水寄りだった。
(当時から酒どころとして有名だった兵庫の灘の水は、硬水だった。)
軟水だと、発酵が強くなりにくいため雑菌に負けやすく、当時の技術では腐りやすかったのだ。

水車が使えず、精米に時間がかかる

水車が使えず、精米に時間がかかる
さらに、酒造りに必要な精米にとても時間がかかった。
そのころの精米手段は、手作業か水車の動力を使うのが一般的。
西条周辺の川は穏やかで高低差がなく、水車が使えなかった。

軟水でも腐らない酒造り「軟水醸造法」を開発

軟水でも腐らない酒造り「軟水醸造法」を開発
東広島市安芸津生まれの三浦仙三郎が、何度も試して、軟水でも腐らない酒造りの方法を見つけた。
「軟水醸造法」と呼ばれたこの方法は、西条のみならず、広島県全体の酒質向上につながった。

動力式精米機の誕生

動力式精米機の誕生
東広島市西条生まれの佐竹利市が、試行錯誤の末、精米機を発明。
日本初の動力精米機が完成し、精米の効率化に大きく貢献した。
酒造りは効率的になり、酒質も向上した。

日本三大酒どころに

日本三大酒どころに
難題を乗り越えた西条。
明治以降、鉄道の駅ができてお酒の輸送が容易になると、酒造業とそれを支える人や技術が西条に集積していった。
その結果、町全体で酒造りの技術が磨かれていった。

西条を酒どころにした3つの力

酒造りに適した気候

西条は内陸の盆地で、冬は寒く、昼夜の寒暖差が大きいことから、酒造りに適していた。

やわらかく安定した西条の水

西条の酒の仕込水は、龍王山からの伏流水。
長い年月をかけて龍王山から西条層を通って地下に流れてきた水は、軟水寄りでやわらかく安定している。

不利を乗り越えた先人の知恵

軟水であることや、水車の動力が使えないという不利な状況を「軟水醸造法」や「動力式精米機の発明」で克服した。

西条の水は何がすごいのか

一般的な地層と西条層の違いを可視化したイラスト
西条の水の特徴は、独特な地層「西条層」にある。
西条層は、砂礫や粘土などでできた層が、交互に積み重なり、緩やかな傾斜になっている。
層がフィルターの役割を果たし、長い時間かけて水がゆっくり濾過されるので、不純物が少ないのが特徴。
また、地層が斜めになっていて、水が停滞しないので、ミネラルが溶け込みすぎず、柔らかい水になる。
さらに、水が何層にも折り重なる層を通るので、年間を通して成分が安定している。

このような特徴が、良質な水をつくりだし、西条の酒の味を支えている。

まとめ

広島県東広島市西条は、軟水であることや、水車の動力が使えないという、酒造りには不利な条件を知恵と技術で乗り越えてきた酒の都です。
軟水でも腐らない酒を生み出した「軟水醸造法」、精米の壁を越えた「動力式精米機」。
こうした技術の積み重ねが、西条の酒の品質を高め、日本三大酒どころの一つへと押し上げました。
現在も西条には7つの酒蔵が集まり、酒蔵が立ち並ぶ町並みは「西条酒蔵通り」として、経済産業省の近代化産業遺産群にも認定されています。
毎年10月に開かれる「西条酒まつり」では、こうした歴史と水に支えられた酒を、町全体で味わうことができます。
【参考文献】
しゅんぎく
広島がもっと好きになるきっかけを、そっと置いています。
えきもほてお編集長|HIT AWARD 2022 エキスパート賞 受賞
目次